すっかり間を開けてしまいましたが、旧中山道を歩き始めたので、再びブログに挑戦してみます。
2013年2月23日、4年計画で旧東海道五十三次へ
ひょいと旅立ち。
順調に足を進めるも、昨年初夏には(悪夢だった!)
思いがけなき肝臓癌の告知、そして夏の手術。
なんとか乗り越えて、恐る恐る踏み出した、晩秋からの
東海道旅の再開。
そして今年の6月18日、半年早めて念願の京都三条大橋に感無量の到着。
あれから約3ヶ月。
食欲も旺盛にて、退院後1年でなんと体重8kg増!
暑さにかまけて、気抜けしたようにでれ~とした日々。
大荒れの猛暑の季節も、朝夕には肌寒さをおぼる程の季節に。
「そろそろ旅立ち計画はいかが?」
カミさんから発破が掛かり?よ~し、まずはは一歩を踏み出しちゃおう!
なかなか安定しした晴れ間が望めない中、17日は曇りなれど雨の心配はなさそう。
その先は、なんとか~な~るだろ~お!!
すっかりメタボなたお腹を抱えて、日本橋から第一歩。
(メタボは太ったからだけでは有りません。大きな腹切りで筋を切断してるため、内臓の抑え込めなくなったのもあるんそうだ)
中山道69次
日本橋~京都三条大橋 約135里、約534km (節により相違あり)
宿場は、1番、板橋宿~69番、大津宿
たどる道は
中山道は慶長6年(1601)から7年間で他の4街道
整備された街道である。
古くは都と東国を結ぶ東山道と称された。
当初、「中仙道」と称されたが、享保元年(1716)「中山道」と書くように改められた。
江戸日本橋から、上野、信濃、木曽、美濃、近江を経て京三条大橋まで135里32丁(約534km)69宿あり東海道と
ともに幹線道路であった。
東海道よりは40kmも長い道程である。
困難であった。
34家と少なかった。
しかし、往来が少ないうえに、大河もなく、氾濫に伴う
渋滞も少なかったことから、二条城番、大阪城番、
日光例幣使などは、片道を必ず利用した。
又、将軍へ献上する宇治茶の茶壷道中や、将軍に輿入れの皇女和宮、清河八郎を総大将にした浪士隊も通過した。
中央山岳地帯を進む中山道は峠道が多く、碓氷峠、笠取峠、和田峠、塩尻峠、鳥居峠、馬籠峠、十曲峠、十三峠、琵琶峠、物見峠、今須峠、摺針峠等々。
それぞれに趣があります。
(中山道資料より)
う~ん、海を見ることは無いんだな~・・
富士山は見られるところがあるのかな~・・
2016年9月17日(土)旅立ち
早めに朝の家事を済ませ、AM6:30 自宅発。
電車、メトロを乗り継ぎ東京駅丸の内口。
AM8:30 旧中山道69次の旅立ち。
進めますが、反対方向、北へ歩きだすのが中山道。
終点は、どちらも京の三条大橋なのに、始点の日本橋からは逆方向に歩きだすんですね。
いまはまだ風が涼しいが、予報では最高気温は30℃。
すたすたすったといい感じ・・・目標は4年後三条大橋への、ちんたら旅です。
ただし体がもってくれるかな?ですね。