歩いて再び京の都へ 旧中山道夫婦旅  (1-2) 板橋宿へ 中編

平成28年6月18日、3年半をかけて東海道五十三次を旅し、京の三条大橋に立ちました。 そして夫婦は旧中山道69次の旅、再び京を目指して歩いています。 >は豊島区東池袋で賑やかで明るい「サンシャインシティ」の高層ビルがそびえてます。 9月17日(土) 続きです。 あっ、街道旅だった。 そんなことをカミさんとおしゃべりしてる内に、 山手線の上の橋を渡ります。

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中山道の街道は、白山通り国道17号(現中山)とは 左手に分け入り、いきなり人があふれだした感じの賑やかな商店街に突入して行きます。

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その手前には、巣鴨中山道の出入り口であったので、 大きな傘をかぶり、杖を持つお地蔵様が街道旅の安全を 守る、江戸六地蔵尊の一つを祭る、 真言宗東光院眞性寺がありました。 六地蔵さんは二か所目だね。 東海道の旅で、品川宿品川寺でもお参りした。

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アーチをくぐると、バラエティ番組でよく放映され、 今や「おばあちゃんの原宿」と称され、 全国区、いな世界的?観光名所(まだ早いかな?)としてに知られ約800m程続く「巣鴨地蔵通り商店街」。

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(アーチを入って振り返り) すぐに「とげぬき地蔵尊」の名で親しまれるこのお寺、 正式には曹洞宗萬頂山高岩寺

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慶長元年(1596年)に江戸湯島に開かれ、 明治24年(1891年)に移転してきたそうです。 地蔵尊秘仏ですが、痛いところに貼ったり、のどに骨が刺さったとき飲んだりすると治るといわれる。 境内に、自分の悪いところを洗うと治るといわれる、 「聖観世音菩薩(「洗い観音」」があり、大勢の参拝客の長いお参りの列が出来てましたね。 http://www.sugamo.or.jp/prayer_detail01.html 商店街は和菓子屋さん、せんべい屋さん、そば屋さん、食事処、もちろん洋品店や帽子屋さんなどがびっちり軒をを連ねてます。

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いまや巣鴨地蔵通りと言えば、頻繁にTVで放映される「幸福の赤パンツ」。 元祖というお店は商店街に四店舗ありました。 今年は申歳、生産が間に合わない盛況だとか。 (カミさんはいらない!て)

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足を進めると焼き魚のいい香り。 これもTV放映で人気・行列のできる食堂さんでした。 分店かな三店舗あったね。 今日のお奨めは「さんま」!

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さらに商店街を足を進めると・・ あっ、目の前を路面電車が横切った!。

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「都内を唯一走る都電荒川線」。 踏み切左右に有るのが「庚申塚」停留所。

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電車待ちしていて、「庚申塚」を確認忘れてしまった! 踏切右手前に、猿田彦大神を合祀する庚申堂があり、 広重の浮世絵に描かれた庚申塚の有った立場で、 たいへん賑わっていたそうです。 荒川線を渡って進むと右手が大正大学の校地。 平成25年に建立されたすがも鴨台観音堂「さざえ堂」 が建っています。 (さざえ堂・・堂内の回廊は往路と復路が交わることのない二重螺旋構造になっています。その構造を巻き貝のサザエ(栄螺)に例えたお堂)です)

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さざえ堂と言えば、福島県会津若松市飯盛山に建立された、高さ16.5m、六角三層のお堂が始まりとされ 国重要文化財に指定されてます。 (桜旅で訪れたこと有ったな・・) http://www.aizukanko.com/spot/138/ 荒川線から先は庚申塚商店街。 しばらく進むと明治通りとの堀割交差点。 そこから650mほど先のJR埼京線の踏切までは、 北区滝野川地区。

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進んで踏切手前左手がJR埼京線板橋駅東口。 その東口広場傍に(地区は北区)新撰組局長・近藤勇墓所があります。慶応4年(1868)、近藤勇はこの近くで処刑され、首級は京都に送られたが、胴体はこの地に埋葬。後に隊士の長倉新八によって供養塔が建てたとか。

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添付写真(自前では有りません。お借りしました) そうだ、旧東海道の旅でも、愛知県岡崎市本宿町・法蔵寺に「近藤勇首塚」があったな。

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(法蔵寺に「近藤勇首塚埼京線を越えるとJR埼京線板橋駅、そして板橋区に入ります。

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街道は商店街を500mほど進むと、上は首都高速が通る国道17号に出会い、平尾交差点を 向こう側に渡ると、・・・・・・

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続きます