歩いて再び京の都へ 旧中山道夫婦旅   第5回 鴻巣宿~吹上駅前

江戸から7番目、鴻巣宿を後にします。<5回目、中山道旅の続きです。 すぐに第3中山道踏切を渡り、旧j中山道(県365)は北鴻巣、箕田(みだ)に向かいます。

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左手に曹洞宗寛永11年創建の永林寺、

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さらにすすむと天長2年(825年)創建の古刹、真言宗光徳寺が あります。

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右手に渡辺綱ゆかりの馬頭観世音菩薩を祀る「箕田観音堂

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左手奥に宮登神社。本殿裏に市指定史跡、宮登古墳があります。

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左に創144年の箕田小学校、右奥に永長2年(1097年)開山、徳川家代々将軍より寺領5石を給付された 真言宗豊山派の龍昌寺がありました。

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小学校を過ぎて右側に箕田郷27ヶ村の鎮守、氷川八幡神社があります。 箕田郷は箕田源氏(武蔵武士)発祥の地、境内に宝暦9年(1759年)建立の箕田碑があります。

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しばらく進み左手に馬頭観音拝み先を右奥に入ると、

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承平元年(931年)創建の氷川神社が 古墳の上に鎮座してます。

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神社の前にある真言宗のお寺の塀沿いに行くと、

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武蔵水路に突き当ります。 水路は首都圏の水確保のため利根川から荒川に引き入れた全長14.5kmの用水路でした。 昭和40年(1965年)完成。

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少し進んで、右は行田(忍)、館林を通り、日光例幣使街道に合流する日光脇往還

館林道で日光裏街道と言われます。 (北鴻巣駅は右へ行きます)

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中山道は左へ入り、入口には地蔵堂庚申塔があります。 鴻巣宿からほぼ一里(約4km)、旅人はここらで一休みしたのか往時は立場があったという。

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街道に入ってすぐに、石塔が2基(1727年、1714年建立とか)、すぐ先に正徳2年(1712年)建立の庚申塔罔象女神(みつはのめのかみ)が祀られています。 そして右手に祠の中に六地蔵碑。

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田園風景の広がる中山道を進みます。

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左手に道を折れて入ると、正徳2年(1625年)開創の曹洞宗・龍昌寺があります。 関東郡代伊那備前守が開山旦那で、境内に多くの板碑がありました・

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街道へ戻ると角に前砂村標石が立ってます。 「江戸より15里余、池田英泉の鴻巣吹上富士はこのあたりで描かれた」とありました。

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 英泉画

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(今日はうす曇り。富士は雲の中、あのふきんかな?)

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「あら、この柱が一里塚跡かしら??) カミさんの声で道端を見ると、白い杭が立ってます。 よく見ると、一里の文字が辛うじて読めました。 江戸から14番目「前砂の一里塚でした。

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(56km来たことになるんだね) 街道案内を見ると、右手の江原家門内に「忍領界石標」があると記してます。 道からチョとのぞかせてもらいました。あの立ってるのがそうだね。

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先の前原信号地で道は二手に分かれます。 「中山道こうのすふきあげ・・・」の中山道道標がありました。 「京三条大橋へ百二十一里三十二町、熊谷j宿・へ二里二十二町」などが刻まれてます。

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中山道みち案内もありましたね。

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中山道は右手の道を行きます。 JR高崎線の線路が近寄ってきて、しばらくして第4中山道踏切を渡って線路を超え、すぐ左手の道に中山道は続いています。

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左を行くと、先にまた二股。妙徳地蔵堂がありました。 眼病に霊験からたかと謂れ、お参りする人が絶えなかったそうです。

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もうすぐ先、吹上駅入り口です。 手前右手奥に、浄土宗のお寺がり、家の宗派なのでお参りによりました。 浄土宗吹上山。勝願寺。 創建は不明のようですが、江戸期徳川家から寺領八石の朱印状を拝領していたそうで、 境内の鐘楼で時の鐘をついたと言われます。

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午後3時、吹上駅前にて、今日の旅は足止めです。

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吹上駅より北本駅へ電車で戻り、駐車してたマイカーで家路へ。 (年内に歩けるとこまで、歩いてしまいましょうね、・・カミさんがのりのり・・) 今度の土日、いづれかも旅かな? 、