思い出旅 おのぼりさん歩 旧東海道夫婦歩き旅 第2歩

2013年2月23日、夫婦は旧東海道五十三次の旅第一歩へ。

旅の続きを綴ってゆきます。

 

先週、第一歩を踏み出した、東海道五十三次「おのぼりさん歩」
3月下旬まで、二人でかける事が出来る事になりました。

歩き続けるのに、一番大切なシューズ。
第一回めは、スイスへ行った時に買った、歩きやすい
タウンシューズでした。
タウン散策には問題が無かったですが、長丁場には・・と疑問が残りました。

ちょうど、某スポーツ店の大処分市が有って、
さっそく、一歩を踏み出した翌日に、探しに行きました。
ある街道旅されてる方のHPで、選び方で紹介されていたシューズを見つけて、
散々試し歩き。

足指の部分(黄線部分)が、くしゃとの曲らない仕様が適している由。

これは歩き易いと、カミさんも気に入って、ペアで購入です。

(なんとこの靴は、東海道完歩し、いま中山道を京へ向かって歩いてますよ!)

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2013年3月3日(日)第二歩へ。

今日の目安は、日本橋から第一番目の「品川宿」から 二番目の「川崎宿」への

川渡し「六郷橋」までですがあくまでも予定。

夜明け前に家を出立。いつもの場所に車を止めて駅へ。
乗り込んだ電車は、13年振りの「AM 6:01」発の電車でした。
現役の頃に12年ほど通勤で利用したダイヤ、ん?と言う事は

25年前から休日関係なく「6:01」発は続いてる!!

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当時から、半の出勤は家を5:30出。
カミさんは「低血圧症」で早い朝起きがつらそうだったので、朝食の準備は免除!
おかげで、早朝営業の駅構内の立ち食い店は、いろんな駅で体験してきました。
な〜んて、車中はサラリーマン時代の思い出話で、AM7:05 JR品川駅着。
構内のCaféでモーニングセット朝食を済ませ、前回足止め

品川宿」入口へ。

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AM7:50 まだ朝寝坊中の底冷えの品川宿へと足を進めます。

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品川宿は、江戸をでて東海道の1番目の宿です。

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当時の品川宿は、現在の京浜急行北品川駅」から「青物横丁駅」辺りまで、

続く町です。

いまは埋め立てで海は遠くなってしまいましたが、当時の南側は家屋の裏は

江戸前の海。

旅人のみならず見送りや迎えの人でも大いに賑わっていたと言われます。

現代は、当時の面影を残すものはほとんど残ってはいませんが、

町会が、随所に道標案内、説明掲示板、史跡案内なを整備し、

かっての「品川宿」を守り保存をしています。

宿を進むと、まだ開店前の商店ばかりですが、
逆に、浮世絵や江戸風情など、旧街道にマッチした楽しい「シャッターアート」が

迎えてくれました。

舗装も色分けされて、かっては旧街道宿場町であったことをしのばせる、

ゆるーくカーブしたりの幅の狭い道。

品川宿」を楽しむだけでも、是非のお薦めの街ですね。

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宿へ入ってすぐに三代家光と沢庵禅師と掛け合い問答「問答河岸跡碑」

三代将軍家光が、漬物の “たくわん” に名を残す沢庵和尚を訪ねて、この地に到り

問答をしたと伝えられる。

その問答は「海近くして何がこれ東(遠)海寺?」(家光)、

「大軍を指揮して将(小)軍というが如し」(沢庵)というものだった。

沢庵和尚は請われて、品川宿近くの東海寺の住職になり、現在も東海寺には

沢庵和尚の墓がある。(東海寺には寄ってません)

 

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続いて現れるのは、高杉晋作所縁の高級大妓楼として知られた

土蔵相模屋跡(現在はマンション)。

外壁が土蔵のような、なまこ壁の旅館「相模屋」があった。

幕末の頃、御殿山にイギリス公使館を作る幕府に反対した
高杉晋作らがここで公使館を焼き討ちを密議し、歴史の舞台となった所だ。

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おっ、定食屋さんかな?

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今旅人向けに設けられてる「お休み処」は、まだ開店前。

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その先、品海公園のところが、日本橋から二里で、品川一里塚跡と言われています。

ただし江戸中期にはすでに1番、2番の一里塚は無かったとの説がある。

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過ぎて

ここ法禅寺の堂宇に、明治7年公立小学校・品川学校開校。

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足を進めると左手一帯がいまは公園とになった、品川本陣跡でした。

本陣は北品川と南品川の二軒あったが、江戸中期にはこの北品川一軒になった。

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本陣跡を過ぎて山手通りを渡り、5~60m歩くと品川宿交流館が建ってますが、

まだ朝の8時半なのでシャッターが降りてます。

開かれていれば観光物産とともに、東海道品川宿「まち歩きマップ」が販売されて

いるそうです。

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間もなく目黒川に架かる品川橋。渡れば南品川です。

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品川宿内には東海道つながりで、何ヶ所かの宿場から送られた松が植えられてます。

これは浜松宿からですね。

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少し先の交差点付近から青物横丁。右手青物横丁商店街を行くと京浜急行の駅。

交差点には「えんどう豆」の形をした街灯立っている。

江戸時代に付近の農民が、野菜や山菜を持ってきて市が立ったから

青物横丁って呼ばれてるそうです。

 

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 しばらく進むと右手に「品川寺(ほんせんじ)」。

参道入口には大仏様のように大きな江戸六地蔵の第1番が鎮座してます。

作られたのは宝永五年(1708)
六地蔵は浅草の東禅寺、新宿の大宗寺、巣鴨の真性寺、白河の霊巌寺が現存します。

江戸三十三観音霊場 第三十一番札所になってます。

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山門を入った右手には、推定樹齢600年の大イチョウが高く聳えています。

袂には大きな石碑があり、脇には庚申塔もありました。

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品川寺を後にして旧東海道を進んでいくと、右側に禅、曹洞宗にて

「江戸三十三観音霊場番外札所 千體荒神 海雲山」の表札が掛かる山門あります。

山門の前には「開運 千體荒神霊場」と刻まれた石柱が立っていました。

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境内へ入っていくと その奥正面にに千躰荒神の社で、鎮守として

千躰三宝荒神王を祀っている

海雲寺の本堂はその右隣りにありました。

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「千躰荒神王」というのは火と水の神様で台所の神様だそうです。

九州佐賀藩鍋島家の高輪二本榎木の別荘に遷座しお祀りしてありましたものを、

因縁あって、昭和7年に当寺に勧請したと言われます。

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千躰荒神堂には夥しい奉納された「千躰荒神堂奉納扁額」があります。

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 境内にあった平蔵地蔵。(あの長谷川平蔵とは全く無関係ですよ。

「鬼の平蔵」ならぬ「正直者の平蔵」を供養です)

「江戸時代の末期、鈴が森刑場の番人をしていた三人の乞食がいた。その乞食の一人平蔵さんはある日大金を拾い正直にその大金を落とし主に返し、お礼にくれたお金も、当たり前のことをしただけと受け取りませんでした。その話を聞いた二人の仲間は、お金を返さなければ三人とも乞食をやめられたのにと怒り、平蔵さんを自分たちの小屋から追い出し、凍え死にさせてしまいました。それを聞いた落とし主の仙台屋敷の若いお侍さんは悲しんで平蔵さんの遺体を引き取り、青物横丁の松並木のところに手厚く葬り、上にお地蔵さんを置いて供養しました。あいにく明治になって京浜電車が開通する頃、お地蔵さんの土地に線路が架かってしまったので、この海雲寺の住職が、お地蔵さんを引き取ってここに大切に供養した」とのいわれです。

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その隣に、怖い顔をして電球を持って立っている、電燈講とかかれた荒神石造。
電燈講って??

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青物横丁を少し過ぎたところに右に入る道があり、曲がって左手に「岩倉具視墓所

の石碑が建ってます。

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100mほど入り京急の高架下を越すと、第一京浜国道が横切っており

第一京浜越に海晏寺(かいあんじ)が見えます。

以前は旧東海道近くまで海晏寺だったといいますから当時の勢力がうかがえます。
 執権北条時頼が、鎌倉建長寺蘭渓道隆を迎えて開山したと伝える。

墓地には、幕末の福井藩松平春嶽土佐藩主山内豊信、それに岩倉具視などの

墓があるが、一般の参拝は認められていない。

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街道に戻り少し進み交差点までが南品川で品川宿京口かな。

あっちへ寄り道こっちへ道草と歩を進め、品川宿を抜けました。

交差点を渡ると鮫洲・東大井一丁目の鮫洲商店街です。

東海道中膝栗毛弥次さん喜多さんが、ここについて詠んだん句。

「海辺をばなどしな川といふやらん さればさみづのあるにまかせて」

弥次さんが、海辺なのに何故しな川なんだ、と謎をかける。
喜多さんが、その心は、さみず(真水)。

鮫洲(さめず)にかけたんだね。

鮫洲は古くから漁師街で御林町と呼ばれ、目の前の海岸でここで採れた魚は将軍に献上さてたと言われます。

鮫洲は懐かしい地名です。

左海側にへの道を行くと「鮫洲運転免許試験場」があり、まだ独身の頃に

免許更新で何度か来たことが有るんですが、街並みなどは全く思い出せません

でした。(今は地元警察署で更新ができるので楽ですね)

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右手京浜鮫洲駅隣りには、鮫洲八幡神社がありました。

創立の年代はさだかではないが、寛文の頃(1661~1672)には、すでにあったと

されています。

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ちょと愛嬌もん顔の狛犬君も社殿を守ってます。

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街道に戻り500mほど進むと右手に、安政三年(1856年)の創業で

幕末には坂本龍馬山岡鉄舟も立ち寄ったと言われる蕎麦の老舗「吉田屋」

が今も商いをしています。お昼の時間であれば寄っていたでしょうね。

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そば処吉田から約300m歩くと京急立会川駅入口。

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右折して進むと、駅手前の右側公園に坂本龍馬像が建ってます。

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江戸時代、旧東海道から海沿いの地域に土佐藩の鮫洲抱屋敷のあった。

土佐藩は黒船来航時、防衛のため屋敷内に砲台を築き、剣術修行で江戸へ出ていた

龍馬が砲台要員として加わったと言われます。

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旧街道に戻り右折して先に進むと、立会川に架かる、なみだ橋として有名な浜川橋。

この先の鈴ヶ森処刑場へ曳かれる罪人と家族の別れ橋。

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橋を渡り先の十字路を左へ海側へ行くと、大井競馬場があります。

浜松町から羽田空港へ向かうときに右手に見えますね。

先ほど渡った、なみだ橋(浜川橋)のいわれももう一つの説は、この大井競馬場にまつわるんです。

大井競馬場へ行くにはこの橋を、当たり馬券をを夢見て渡り、はずれ馬券を握りしめ

しょんぼり渡る涙橋」ははは・・なみだ橋だ!!
競馬場から駅までの道をオケラ街道といって、ものすごく安く飲める露店がたくさんあるとか。

そこから南側一帯に、東西に長~い「しながわ区民公園」が広がっているようで、

左に入口を過ぎて、150mほど行くと国道15号(第一京浜)と合流。

合流手前の小さな森一角は・・・・  
火炙り刑の「八百屋お七」!刺殺刑の「丸橋忠弥」!そしてご落胤騒動「天一坊」。

そうなんです、怨霊漂う「鈴が森刑場跡」

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鈴が森刑場のすぐ先は、旧道と国道の合流点。

この先はしばらく国道歩きですが・・・・・

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先ほど通って来た「しながわ区民公園」入口で、

あら!「しながわ水族館」が有るよ!!
「寄ってみようようよ!!」の言葉が有って
予定は川崎宿へ渡る「六郷橋」まででしたが、なんと旅は中断、

まだ午前11時だけど・・まあ、いいや〜・・・・・・

 

鈴ヶ森刑場跡から国道を少し進むと「水族館」入口。

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少しお腹がすいたね〜で、水族館レストランでサラダバーで小腹を見たし

まずは館内へ。

水族館は楽しいですね。神秘的な「クラゲ」更に巨大な鮫やウミガメ。

日曜とあって、お子さん連れの家族で大賑わい。

カミさんも半も童心に還って・・・・・

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アシカショーも楽しんで時計を見ると、もうPM1:00が過ぎている。

所用のため帰宅へのタシムリミットが有るので、名残惜しいけど水族館を後に。

京浜急行大森海岸駅」側の牛丼屋で、新めて遅めの昼食。
二人でこの手のお店に入るのは初めてで、何故か?いただいたのは「豚丼」。

すっかりカミさんがお気に入り、また機会が有ればこれにしようね、て。

京浜急行「大森海岸」PM 1:53発にて帰宅へ。

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電車を乗り継ぎAM4:00、地元駅帰着。

買い物をすませてPM5:00、時間内に無事帰宅、

第二歩、旧東海道・おのぼりさん歩を終えました。

 

またいつの日か旅へ・・続きます。

思い出旅 おのぼりさん歩 旧東海道夫婦歩き旅 旅立ち

某新聞社が配布した安藤広重の額絵「東海道五十三次」。

そして、ポン友が歩いた道中話。

 

ふっと、口にした何時ものセリフ。

「行ってみるかな〜、やってみるかな〜 」  

        「 いいよ〜・・」

思いついたが旅立ち、てことで歩く事にしました。

3月にはいると、暫くは二人で家を空けるのは難しくなります。

よ〜し、まずは第一歩!!と意気込んだら、旅立ち直前にキャンセル待ちで

申し込んでいたツアーにキャンセルが出て蔵王2日間のツアーへ。

ツアーから帰ってきて、気持ちも新たに仕切り直し。

歩ける日の制約があるので年に何回歩けるか・・
でも思いは遠大?に、4年計画です。

4年後は、半は喜寿、カミさんは古希を迎えます。
最終目的地は「京都 三条大橋」、祝美酒乾杯を迎えたい!!

2013年2月23日(土)

穏やかな天気に恵まれて、第一歩を踏み出します。

駅近くの公園脇道に車を止め(土日祭は駐車OK)、頬を刺す冷気もなんのその、

朝日に見送られて駅へ。

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電車を乗り継ぎ新装なった東京駅丸の内口へ。

通路をくぐって八重洲北口、

AM8:00過ぎに日本橋に立ちました。
まあ、先は長~い、のんびりゆっくり夫婦旅。

いざ出立!!

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お江戸日本橋、七つ立ち・・・(今だと午前四時かな)とはゆきませんが

2月23日(土)午前9時、かっての大江戸の中心地、日本橋の旅立ち。

まずは2里18町(9.8Km)先、第一番の宿場・品川宿へ向かいます。

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現在はあの東京オリンピック時に、突貫工事の首都改造では橋上を高速道が走り

江戸情緒風情は全く無し。

とはいえ、橋の道路真ん中には「日本国道路元標」が埋め込まれており、

ここが今も日本の道路の起点であることを実感しますね。

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日本橋は、徳川家康江戸幕府を開いた慶長8年(1603年)の架設と言われ、

幕府は東海道をはじめ重要五街道の起点と定めています。

橋詰には高札場や、関東大震災後に築地に移転するまで魚河岸があり、

まさに江戸の中心として賑わったと言われます。

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日本橋は幾度か架け替えられ、現在の橋は明治44年(1911年)にかけられてます。

日本橋からは国道15号中央通り、京橋、銀座、新橋と日本一の繁華街が続きます。

右手に八重洲中央口への道を見送り進むと、日本橋と同じ時期に架けられ、

いまは埋め立てられて名だけ残る京橋です。

付近は江戸歌舞伎発祥の地、でもあるんですね。

橋の擬宝珠を模した交番が風情を添えてます。

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京橋を過ぎると、江戸時代に設立された銀貨幣の鋳造所が由来の銀座通り。

すっかり足が遠のいてしまったが、札幌から転勤で来た勤務先が東銀座だったので、

この界隈は懐かしい。

カミさんと、四十年ぶりかの銀ブラになりました。

四丁目から、ちょっぴり足を延ばして思い出寄り道小道。

まもなくこけら落しの新歌舞伎座

(勤務は歌舞伎座の近くでした)

あなたを待ってば、雨が~降る~・・・昔は日劇の有った有楽町。

ははは・・久しぶりに腕を組んでの銀ブラでした。

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当時から超人気の有楽町宝くじ売り場、

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街道(銀座通り)へ戻ると汽笛一斉新橋。

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40年の空白はまさに今浦島。

行く手を遮るように大きなガードが現れます。

これはゆりかもめの新橋駅が国道の上にあり、ゆりかもめに乗ると

レインボーブリッジを越えお台場や国際展示場へ行けます。

 

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大きく変貌した汐留、新交通のゆりかもめ

ちょっぴり風情を残していた、新橋駅そばの東海道線ガード街を見て

抜けるとそこは芝。

ここの東海道は、国道1号ではなくって第一京浜と言う名前の国道15号。

右手奥に芝居などで知られる「め組の喧嘩」由縁の芝大明神。

ちょうど神前結婚式は始まるところでした。

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 いいですね~、なにかほわっとした幸せをいただいた感じ。

お幸せに!!

左手浜松町駅入口。

右手は芝大門

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門をくぐって真っすぐ進むと、600余年の暦を持つ、浄土宗の七大本山の一つ、

徳川将軍家菩提寺「三縁山広度院 増上寺」の惣門(三解脱門)は国重文。

国宝の指定を受けていたが戦災で焼失の二代将軍秀忠、六代家宣、七代家継などの

御霊屋があり、6人の将軍と皇女和宮などが埋葬されています。

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わが家の宗派本山でもあるので、旅の無事を願いお参り。

広大な境内を前景に聳え立つ東京タワー。

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東京タワーは昭和32年6月の着工で翌年33年12月竣工ですから、

工期1年半と猛烈なスピード建築ですね。

受験で上京した折、国電から鉄骨組のタワーが見えていた記憶が・・・

学生時代には展望台まで歩いて昇ったこともあったな~

(今は大展望台までも歩いて昇れるようです)

カミさんに聞いたら昇ったことは有るはずだけど・・・

で、高いところ大好き夫婦は足を延ばします。

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のんびり銀ブラを楽しんだり、あちこち寄り道で、タワーから街道へ戻ると

もうお昼です。

増上寺への参道沿いのCaféで昼食に。

店内は圧倒的に外国の観光客が多く賑わってましたね。

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大門に戻り浜松町を西へ進みます。

浜松町は江戸時代初期は門前町でしたが、遠州浜松出の権兵衛が名主となって、

浜松町と改められたとか。

少し進むと首都高が頭上を横切る金杉橋。

橋下を覗けば屋形船が所狭しとばかり並んでいます。

南へ古川を下ればすぐに日の出桟橋などの有る東京湾
昔は江戸前の海で、カレイや黒鯛が採れる漁村でした。
金杉橋と言えば思い浮かんだのは、平岩弓枝さんの小説「御宿かわせみ」ですね。

島送りになる罪人の様子が描かれた中に、

大罪を犯し遠島へ流され二度と江戸の地を踏めないものは永代橋から船が出て、

罪が軽く江戸に帰ってこられる罪人を乗せた船はここ金杉橋から出た

とありました。

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橋を渡って、「えっ、まだ一里か!!」

そういえば一里塚は?ですが江戸より1番目の金杉一里塚は跡形も無しで

位置不明なんだとか。

まだ江戸府内、高輪大木戸の内側になるので、設置されてないとの説がありますが、

それの方が正しいかもしれませんね。

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 芝4郵便局を過ぎると、道路左側近代的ビルの一角は元薩摩藩蔵屋敷跡。

江戸城無血開城に導いた西郷・勝の江戸開城会見之屋敷で碑が建てられてます。

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左手に田町駅をみて先の歩道橋の有る交差点が元札ノ辻。

後の高輪大木戸に移されるまで高札場が有ったと言われます。

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しばらく歩むと江戸府内外の境、高輪大木戸跡。

今でも幅5.4メートル、長さ7.3メートル、高さ3.6メートルの

巨大な東側の石垣だけが残されている。
付近は風光明媚な海岸線で茶屋も多く立ち並び、旅立ち見送り、迎えの人々で

賑わっていた。

当時は、明け方六ツ(朝6時)に開き、暮れ六ツ(夕方6時)に閉じて、治安の維持と交通規制の役割を果たしていました。

 

 

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後で大木戸跡碑を思い出しましたが、気が付きませんでした。

(道を回り込まないとみられないようでしたね)

~高輪夜明けて提灯消す こちゃえー こちゃえー」 と謳われ昔はこの辺で

夜明けを迎えたようですね。

ということは茶屋なども早朝営業だたのでしょうか?

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大木戸跡を後にして江戸を離れたが、全く旅の感慨に浸るもの無し。

交通量激しいビル街をたんたんと進み、街道から右へ200mくらい入ると泉岳寺

 

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泉岳寺といえばご存じ、超有名な赤穂浪士の打ち入り。

「のおのがた、討ち入りでござる!!」

むか~し、修学旅行の時にフリータイム時に寄った記憶が??定かではなし。

カミさんは初めてというので、お参りに。

四十七士のお墓があることで、参拝のお焼香の煙が絶えません。

「桶から柄杓でぐい~と一気飲み、さあさあ韋駄天、高田馬場へ・・・」

ご存じ安兵衛、高田馬場の決闘・・でしたが、ずいぶん後になるまで安兵衛が

赤穂藩に仕え、四十七志に名を連ねたとは知りませんでした。

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 再び街道(第一京浜)に戻り約1kmほど進み、信号で南側にわたると、

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左手は港区にありながら、駅南口の大変貌をした品川駅。

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品川駅から京急の高架内沿って緩く坂道を進むと、街道は国道15号(第一京浜

と左手に別れ、京急線路と平行にJR線の跨架橋(八ツ山橋)を渡ります。

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八ツ山橋を渡って下るとすぐ右手の道へ分かれ、進むとすぐに

京浜急行の踏切。

踏切を渡って先が第一番宿場町・品川宿と続いてゆきますが、・・

私達の旧東海道五十三次、第一歩はここで足止まりです。

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(緑線が品川宿

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まだまだ先は長~~い・・・・

ゆっくりのんびり、歩ける内に歩けるときに・・

 おのぼりさん歩、第一歩でした。

またいつの日か、旅は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出旅 おのぼりさん歩 旧東海道 プロローグ

ただ黙々と周りの人々の流れに合わせるように
橋を渡り切り、京都三条大橋西詰親柱に到着です。

橋の左手で東海道の主役「弥次さん・喜多さん」像が
迎えてくれてます。

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「歩けた〜〜・・」「よかったわね、歩けたわね・・・」
おもわず手を取り合って、無事の完歩を喜びあいました。!

一時は諦めていた旧東海道五十三次、夫婦歩き旅。

3年4か月を掛けて、日本橋から126里余(約495キロ)、

53の宿場町を通り、2016年6月18日、午後2時51分、
京の都へ無事到着することができました。

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東海道を歩いてみようと思い立ったきっかけは、2012年に某新聞社が読者へ

配布した、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の額絵でした。
年が明けて1月の中頃、コピー機でスキャンし、デジブックアルバムを

作成しながら、ポン友が、3年ほど前に通しで歩いた話を思い出してました。
「しんどかったけど、とても素晴らしい旅だった、お前も歩いたら・・」

て勧められてました。

東海道か~・・歩いてみようかな・・・・
カミさんに話したら「いいよ〜面白そうね・・・」て。

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よ~し!思い立ったが・・・・動ける内に歩ける内に・・と早速下準備。

2月9日を旅立ちの日に、・・

と決めていたら、キャンセル待ちで1月の中頃に申し込んでいたツアーに

キャンセルが出て、なんと急遽ツアー参加へ。

昨年夏にスイス旅をしてから、なんどか山を眺めに乗鞍、白馬八方、白馬栂池

などへ行っていましたが、雪山へも行きたくなって申し込んでいた冬の蔵王ツアー

でした。

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そしてツアーから帰って仕切り直し。

3月にはいると、暫くは二人で家を空けるのは難しくなります。

よ〜し、まずは第一歩!!と、綿密な計画は無しに、2月23日に日本橋を出立へ。

歩ける日の制約があるので年に何回・・でも思いは遠大?に、4年計画です。

4年後は、半は喜寿、カミさんは古希を迎えます。
そうなんです、最終目的地は「京都 三条大橋」で祝美酒乾杯を迎えたい!!

 

旅立ちへ・・

 

と、2013年2月~2016年6月の旧東海道夫婦歩き旅を中心として、

ちまちま綴ってゆきます。

2000年に第二の人生がスタートし、早17年。

間にはアットランダムに「思い出旅」も挟んでゆきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

思い出旅・2012年 スイス エピローグ

2012年7月19日 AM7:55  成田空港 着
    AM12:30 無事に猛暑の街ちに帰って来ました。

 

スイス9日間の旅を終えて2週間。

何気なく見ていたTVの旅番組で映されていた、北アルプスの山並み。

急に山が恋しくなり、

少しは涼しいかな?久しぶりに上高地乗鞍岳へ行こうか!

となれば話は早い。

8月4日、車中泊の支度で早朝5時に出発し、上高地へのバス乗り場、沢渡へ。

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10分ほどの待ちでバスに乗車、上高地入り。

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終点手前の大正池で降りて、久しぶりの上高地散策へ。

驚くほどのお隣さんの国の言葉が飛び交っている。

大正池、焼岳

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雄大な穂高連峰に抱かれた、標高約1,500メートルの上高地

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おや、スイスよ!の声に見る立て看板。

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スイス・アルプスを思わせる赤い三角の屋根と丸太小屋風の建物、

上高地帝国ホテルでした。

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ラウンジもレストランも大勢の待ち客で、入りませんでしたが、

つい先日まで行っていたスイスの風情を思いだしましたね。

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久しぶりの上高地を後にし、沢渡から乗鞍高原へ向かいます。

乗鞍岳は現在はマイカー乗り入れ禁止です。

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登山バス発着所の、乗鞍高原観光センター前の駐車場で車中泊

f:id:hansui:20170314132222j:plain午前3時半発、ご来光バスに乗車して2700m、畳平へ上ります。

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九十九折りの急坂、右に左に大きく揺れながら、ぐんぐん高度が上がります。

森林限界を超えると深紅の地平線。

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標高2700m、畳平入口で下車、

10分程度の登りでご来光が見られる、大黒岳(2772m)へ登ります。

正面に穂高連山、左手に槍ヶ岳。連なる峰々は北アルプス

はるか遠くに望めるのはは白山かな?

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ご来光は八ヶ岳方面から昇ります。

夏とはいえ標高2700m、厳寒の夜明けです。

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朝陽に染まる、

左、三角の突起が、乗鞍岳主峰、標高3026mの剣ヶ峰

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朝陽に染まる魔王岳(2,763m)

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北アルプス穂高連山方面

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穂高連山(麓の雲海の下に上高地

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槍ヶ岳

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黄金の雲海

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向うへ下れば飛騨方面

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大黒岳山頂

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中は活火山、焼岳 右雲の下に上高地大正池

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来て良かった~の帰り道

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高山植物の女王・コマクサ

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この下に畳平のゲートが有る。(昔は午前7時開門でした)。

手前で2度ほど車中泊をしたっけね。

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中 主峰・剣が峰(3026m)5年ほど前に登ったね~

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左、富士見岳(2817m)右、摩利支天(2872m)

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標高2702mの畳平ターミナル

15年前にマイカーで初めて訪れた。

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畳平ターミナル

(熊騒動を思い出しますね)

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素晴らしいご来光に心も温まり、シャトルバスにて乗鞍高原へ下り、

再び猛暑の街へ帰ります。

 

END

 

 

 

 

思い出旅・2012年 スイス(15) ルツェルン    そして終章

そうだ、スイスへ行こうか! おしまい編

 

7月17日 午後

プリエンツでの昼食も終え、再びバスの旅。

(紫線 赤星印)

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ぐんぐん高度を稼ぎ峠越え山道、3つの湖畔を通りルツェルンへ向かいます。

右に左に大きく曲がり、揺り篭に乗ったようにゆらりゆらり、・・

ふ~としばらく居眠りしていました。

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山間の駅舎

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バスに揺られて1時間、ルツェルン湖へ到着、

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かってはスイスの首都であった「ルツェルン」に到着です。

車窓から、8世紀に建てられた「ホーブ教会」が見られました。

17世紀に火災で焼失した後に再建され、内部には立派なマリアの祭壇と

4950本ものパイプを持つパイプオルガンがあるようです。

(添乗員さんの解説)

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 まずはルツェルンを代表するスポット「瀕死のライオン記念碑」公園へ。

パンフレットより、
「中世のスイスは貧しい山国だったため、おおぜいの若者は傭兵として外国に行かざるを得ませんでした。フランス革命の時、ルイ16世の護衛部隊として最後まで忠誠を尽くし、息絶えたのがスイスからの傭兵だったのです。
ルツェルンからも多くの傭兵を輩出していました。
彼らの忠実さと勇猛さを讃えてできたのが、この記念碑です」

日本ではあまり知られてないように思いますが、人気の観光スポットの様で、

まさに世界各地からの観光客で猛烈な混雑、で早々に退散。

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 公園からは街並みを散策しながら歩いて、ルツェルンのシンボル、カペル橋へ。

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古都ルツェルンを代表する、有名な観光名所二つ目は、

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ルツェルン湖から流れ出るロイス川河口にかかる、屋根付きの木の橋、

カペル橋。

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カペル橋の建造は1332年。屋根付きの木の橋としては、ヨーロッパ最古と言われて

います。

しかし1993年の8月、不審火により、橋の約3分の2が消失してしまいまい
今の橋は再建されたものです。
橋の天井部分には、町の歴史を物語る板絵が架けられ、ツアー団体が重なると、

立ち止まる観光客で渋滞も起きてしまうとか。

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下流

カペル川の下流にある屋根付きの木橋の「シュプロイヤー橋」。

1408年完成の橋です。

西側からの敵の侵入を防ぐ城壁の役割をしていたそうです。

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上流側。右手に1666年に造られた、バロック様式のイエズス教会。

内部には華やかな天井画があるようですが時間外で見られませんでした。

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川を別の橋で渡り戻し、旧市街などへの散策へ。

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お店巡りだけでなく、看板巡りや、

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壁画巡りも楽しいでしょね。

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旧市役所庁舎

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ここで一旦自由時間となりました。

バスはホテルへ行き、各自の荷物は部屋に運び入れて置く由。

バスに乗ってホテルへ行くもよし、各自歩いて行くも良しとのことで、

一組の御夫婦はバスに同乗して、もう一組のご夫婦はお目当ての買い物が有るので

2,3店を覗きたいと歩いて。

私たちはスイス最後の日、もったいなので街を散策しながらホテルへゆくことに。

夕食は街のレストランなので夕6時ロビー集合。

 

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添乗員さんが渡してくれた、市内図を便りに方向を決めて歩きます。

面白いですね、片方だけ展示の靴屋さん。

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アイスクリームをいただきます。

若い娘さんはお隣の国の方。

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 そういえば、日本の方にはほとんど出会わなかった?

宿泊するツアーも少ないとの話でしたが。

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旧市庁舎前広場で聖歌隊の歌声が流れてました。

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まだまだ盛況のお店もあれば、閉店のお店も。

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首都ベルンほどではありませんが噴水塔(給水塔)結構見かけます。

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昼に通ったかぺル橋も反対側から渡ってみました。

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まさに古都の佇まい。
賑やか通りから一歩、小路を入ると別世界が広がります。

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ルツェルン

地図で確認するとホテルは左へ曲がり、駅の左後ろです。

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おや「バックパッカー」?

昔でいう木賃宿はこっちかな?。

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(この後は、バッテリー切れで写真無し)

一旦ホテルへ行きシャワーで汗を流し、着替えをして再び集合。

バスで最後の晩餐 レストランへ。 ルツェルナー・クーゲリパステーテと言う、

長ーい名前の「牛肉の煮込みパイ料理」でした。

スイス旅最後の夜と言うことで、ビール・ワインをいただきながら、

いっぱいの思い出に話が弾みます。

 やはりどうしても、「帰えってきたカバン」が大きな話題に。

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店が満員になってる様子で、予約の無い人たちは外で空きを待ってました。

食事を終えて、ご夫婦一組は添乗員さんとホテルへ戻り、

もう一組の御夫婦は、もう一度お目当ての買い物へと。

我々二人は、スイス最後の夜、ぶらぶらホテルまで歩いて帰るとに。

まだ明るさは有りますが、もう午後の9時を過ぎています。

急に涼しさを感じ、中央駅のホーム横から構内に入り、駅ビル内を散策。

ここにもCoopがありました。

駅正面へでてホテルへ。

(スイスでは改札口が無いので、何処からでも構内への出入りは自由なんですね。)

9時半頃、ホテルへ戻りました。

 

ここでなんとも冷や汗もの!

エレベーターに乗り、ルームカードを差し込んでから
降りる階のボタンを押します。

部屋の前に立ち、ルームカードを差し込み、ドアを開けようとしましたが、

開きません。
あれ?部屋を間違えた!・・・・か? カードには部屋番号が有りません。
覚えていた番号に二人とも自信を無くし一階上へ行ってみることに・違ってます。
 やっぱりさっきの階の部屋でいいんだ!
エレベーターで降りるのも面倒なので、すぐ側に見えた
 ガラスドアーを明けて階段へ入りました。

一階下へ降り、ガラスドアーから入ろうとしましたが・・・
 開かない!!   ロックされてるぞ!!
 急いで入った上の階へ戻りましたが、やっぱり、開きません。
更に上へ行きましたが、ドアー開きますが戸外で屋根です。

 閉じ込められたぞ〜!!
 添乗員さんに携帯で連絡しようか・・・
 いや、各階試しながら下まで行ってみよう・・・

各階試しながら、人が来ないか覗きながら降りました。
とうとう0階(日本で言う1階です)です。

押したドアーは、す〜と、開きました。
開いた〜・・よ〜かったな〜・・・・でも????

そうだったんです、階段は昇降の為でなく完全な「非常用階段」だったのですね。
防犯上ホテル内からは出れるが、外部からは侵入できないように

なっていたんですね。

旅慣れない、冷や汗ものお粗末・・・・
(皆さんも気を付けて・・知ってた!・・失礼)

 

7月18日
 8日目

モーニングコール  AM4:15
スーツケース出し  AM5:30
集合        AM 6:00
朝食は朝が早いので、バケットサンドです。

ホテルを出るとピラトゥス山?のモルゲンロートです。
大きなバケットサンドを受け取り、バスに乗り込みます。

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さようなら、

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思い出をかみしめるかのように、バスの中は静かでした。
みんな顔を窓に附けて、外の景色を見つめています。

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AM7:30頃、チューリッヒ空港へ。

朝食で受け取ったバケットサンドは、大きすぎて1個でギブアップ!

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AM9:05   チューリッヒを飛び立ち、スイスを離れました。

(青い線 バス、赤い線 鉄道)

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AM10:10 フランクフルト国際空港 着
PM 1:50             発

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日本時間
7月19日 AM7:55  成田空港 着

成田 AM1030 発 リムジンバス、
    AM12:30 無事に猛暑の街ちに帰って来ました。

振り返れば、決して天気に恵まれたとは言えない旅でした。

それでも、圧倒的ド迫力で迫るアルプスの峰峰や、中世街並みを残すの古都。

なんといっても、マッターホルンを目の前に仰ぎ、アイガー北壁の岩肌にじかに触れ、

あのフリーハイキングを、無事に歩き通せたことです。

チューリッヒ、ベルン、シャーモニィ(フランス)、ツェルマット、

グリンデルワルト、ルツェルン

「スイス9日間の夫婦旅 いい旅夢気分」 心に深く刻まれた思い出旅でした。

  いや~よく歩けたもんです!!

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思い出旅、スイス、ブログ、完(Ende)。

ありがとうございました。

思い出旅・2012年 スイス(14) プリエンツ湖クルーズ

そうだ、スイスへ行こうか! 続編

 

7月17日
7日目

モーニングコール  AM6:15
スーツケース出し  AM7:15
朝食        AM7:00〜
集合        AM8:15

朝、5時半、モーニングコール前に目覚め、外を見ると、
フィッシャーホルンの頂が闇に白く浮かんでます。

アイガーもぼ~とした、シルエット。

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昨夜、寝る前にざっと整理した荷物を、もう一度きちんと収納します。
ハイキング関連の登山シューズやウエアなどの用具や防寒衣類は、

もう使用することが無いのでトランクの中へ。

「灯が点ったよ〜」

カミサンの声で外を見ると、
昨夜はモルゲンロートだったフィシャーホルンの一峰が、
ぽっと火を灯したように輝きだしました。

 

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左にクライネス・フィッシャーフォルン(3895m)

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そして、アイガー、何度も、何度も、何度も仰ぎ見ます・・ 

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流れる雲の中にアイガー頂上、右日陰、アイガー北壁

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さよなら、アイガー 3,970mの頂上まで姿を現します。

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昨日あの下を歩いていたとは夢の様。

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立ち去りがたい何とも美し、神秘的な姿でした・・

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スーツケース出しをして朝食へ。

出発の時間が迫ってきました。

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メイリッヘン。

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今日はインターラーケンへ下りプリエンツ湖のクルーズ。

その後古都ルツェルンへと向かいます。

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AM8:30
今日のバスも50人乗りの大型バスです。
明日の空港までお世話になります。
(運転手さんは、イタリアの方でした)

アルプスともお別れです。

いい旅夢気分の中、バスが動き出しました。

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さよなら~アイガー・・みんな無言で窓に顔をつけてます・・

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バスはヘアピンカーブをゆっくりと、ぐんぐん高度を下げてゆきます。

写真、右の電車は急勾配で斜めです。

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しばらく右に左に大きく揺られながら道を下ると、川に沿って道は続きます。

両側は緑の草原、アルプです。

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バスは山を下り、ユングフラウ地方への玄関口、ブリエンツ湖とトゥーン湖の間に

位置するインターラーケンの街に入ってきました。

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スイス7日目の旅は、インターラーケンからエメラルド色の美しい湖、

プリエンツ湖のクルーズし、その後古都ルツェルンへと続きます。

インターラーケン・オスト駅隣り合わせの船乗り場に到着です。

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AM9:15船出 船着き場の有るアーレ川から、プリエンツ湖へ入ります。

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アレー川の鉄橋を潜り抜けてきたんです。

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湖畔 に立ち並ぶ家々は貸別荘だそうです。こんな別荘でゆっくり滞在、方々へ足を延ばしてみたいですね。

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船は縦に長ーい湖を、ジグザグに寄港しながら進みます。
それぞれの寄港地で乗り降りが有り、
クルーズ船は観光専用ではないんですね。
湖畔に点在する集落や別荘、ホテルなどの対岸への生活の足になってるんだそうです。

可愛い乗船者

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 船上レストランでコーヒーを飲みながら、ゆったりとしたひと時を過ごします。 

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前方左手に連なる山並みは、標高2,350mのブリエンツ・ロートホルン。

湖畔の街並みが終点、プリエンツのようです。

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ずいぶん前にTVで世界の鉄道を放映したときに紹介されていた、

ブリエンツ・ロートホルン。

傾いている機関車で登る人気の観光スポット(拝借パンフより)

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ギースバッハの船着場。大勢のハイカーが下船しました。

ハイキングコースがあるのかな?

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船着き場そば湖に流れ落ちるギースバッハの滝

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ゆうたり優雅な1時間余のクルーズをも終わり、
プリエンツに着港。

鉄道駅と一緒です。

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プリエンツは、古くから木彫りの里なんですね。
職人を育成するため、スイスで唯一の木彫り工芸学校が1884年に設立されたそうです。

船着き場の大きな木彫り

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バスでその木彫り工芸博物館へ寄ります。

船から見えたロートホルン・クルム山への、ロートホルンSL鉄道の

始発駅が見えました、

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木彫り工芸博物館でお出迎え。

記念撮影用なんだそうです。

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館員の方の(日本人女性でした)案内で、見事な作品の
観賞や作業場の見学。
通常入口付近以外館内は、撮影禁止になっているそうです。
原因は?
団体ツアーの見学が増えてきたためだそうです。
撮影に夢中になり、大事な高額な作品を破損させてしまう事態が多発したため

との事でした。

私たちは少人数、ちょうど他に来館者もない時でしたので、一部でした撮影を

させてもらえました。

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「北海道 アイヌの木彫り熊」

館員さの説明に中に、「北海道・八雲町」
が飛び出しました。
え、八雲町

北海道のアイヌの木彫りは、昔から?お土産品だけでな
く、工芸品としても良く知られてますよね。
そのルーツがじつはスイス・プリエンツに有ったのです。

1924年、私が生まれる16年前)、
尾張徳川家の当主であった徳川義親氏は、
尾張藩士たちが入植した北海道の「徳川農場」がある八雲町で、 農民たちの冬期の収入源として、前年にスイスから 持ち帰った熊の木彫を生産するよう提案した。
 そうでした、八雲町は、私の住んでいた町の隣町です。
移り住んだ中学の頃、友人に教えてもらってました。
まったく消えていた記憶が、館員さんの話でよみがえりました。
幼いころから、「伝統工芸アイヌの木彫り」と思ってきた
木彫りは、実は近年になって始められた木彫りだったのですね。

小一時間、ゆっくり館内を見学。
小さな木彫りも買いました。
ははは・・普通なら買わないな〜
すっごく高いんですよ!

そして昼食は町はずれのレストランで、スイスで最後の昼食。

 

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そして最後の観光、古都ルツェルンへと向かいます。

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続きます。

思い出旅・2012年 スイス(13)メンリッヒェンからの眺め

そうだ、スイスへ行こうか! 続編

 

PM1:00、

待望のアイガー北壁直下「アイガー・トレイル」も無事に下山しアビルゲン駅に

降りてきました。

アルプス山岳の旅も今日で終わりなので、日暮れまで目いっぱい楽しみます。

電車で二駅下ったグルント駅で下車し、眼下に見えていた「メンリッヒェン」

へ上ります。

歩いて? いえいえ・・・

電車が下ってきました。

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電車は急勾配をギシギシゆっくりと下ります。

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車内でお喋りしていて、あっ!降りなきゃ・・ て・・降りちゃいました・・・ 

 構内をでてから、あれ??変だな!???

ハハハハ・・(笑って誤魔化して)・・マチガエター!!こんなこと有るから、

楽しいね~・・

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 この駅で次の電車を待っている時に、日本からのご夫婦に出会いました。 

ハイキングで歩いてきて、駅のトイレへ寄ったんですね。

 奥さんは初めてのスイスとの事でしたが、6日間、グリンデルワルトに滞在、

方々のフラワーハイキングを楽しまれてるそうです。

今日が3日目との事でした。  うらやまし~いいですね~・・・

なんと、これから私たちがグルントからゴンドラで登る、

メンリッヒェンへ向けて、行ける所までハイキングをするそうです。

また、上でお会いすることが有るかもね! て、ご主人が明るく言って、

手を振りながら去ってゆきました。

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再び列車に乗って、ひと駅下りグルントに着きました。

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 PM 3:30 頃グルントより、ヨーロッパ最長のロープウェイと言われる

ゴンドラリフトでメンリッヒェンへ登ります。

ゴンドラ乗り場から、鋭い槍を延ばすシレックホルンですが、

残念ながら頂上はさらに奥で見えません。

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アイガーは相変わらず山頂は雲の中、

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右下〇囲み

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ゆらり、とゴンドラが上昇開始、

メンリッヒェンからは、クライネシャディックまでの、ユウングフラウ三山を望む、 フラワーハイキング道として人気のルートが有ります。

日本からの多くのツアーでは、ユングフラウへの行きか帰りに、

このコースをハイキングルする様です。

ゴンドラはゆっくりのようですが、結構早いんです。

傾斜度も緩やかに見えてましたが、ぐんぐん高度が上がってます。

グリンデルワルトの街並みが眼下に大きく広がってきます。

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アイガー少し雲間に見え隠れ。

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シュレックホルン(4078m)が初めて針峰山頂を現しました!

諦めていただけ感激!

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 下は牧場になっていて、冬はスキーゲレンデです。

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雄大な山岳風景が広がります。

右から、アイガーの東端、

中は、シュレックホルン(4078m)

そして、一番左がヴェッターホルン(3692m)

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右手、槍型、天を突く・シュレックホルン山頂(4078m)

左奥の弓なりの山は、ベルグリシュトック(3,656m)、

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窓越しで見ずらいですが、草原は黄色の花絨毯です。

 

 

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ゆらいゆらりと30分揺られ、メンリッヒェンへ着きました。かなり強い風が吹き、雲が流れます。

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アイガー・メンヒ・ユングフラウの三山は、頭を雲の中に隠したままでした。

目の前の三角錐の山はチュッケン(2,521m)、f:id:hansui:20170206134102j:plain

ここへ来た目的は、ハイキングでは有りません。

今回のツアーでは訪れない、この山をはさんだ反対側の、

ラタウンターブルネン峡谷を見たいため、上がって来たんです。

奥の突起上がメインリッヘン(2,343m)の山頂。

手前左手電波塔の建物がロープウェイ乗り場です。

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お花畑の絨毯。遠くに湖が望める。

グリンデルワルト方向はベッターホルンの北壁

北壁の根元の尾根を越えて、岩壁に沿いなが下ってきたんですね。

奥に見える雪山群はは昨日越えてきたフルカ、グリムセン峠方向かな。

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右手大きくそびえる、アイガー北壁頂上(写真右)は雲の中。

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こんな姿には会えなかったのが、ちょっぴり心残りかな。

(北壁直下ハイキングするきっかけたなった写真、

                   アイガーと右奥メンヒ)

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いかに日本人が訪れてる分かります。

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これです、この眺めを目にしたくってやってきたんです。

氷河が造り出したU字谷として有名な「ラウターブルンネン谷」が

奥深くまで続きます。

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峡谷より一段台地の谷底の村ウェンゲンから行き来する、ロープウェイは

垂直に近い角度で急降下。

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こじんまりした標高は1274m台上のウェンゲン村も、人気の観光宿泊地。

左手に、クライネシャデックへ上るヴェンゲンアルプ鉄道の駅が見えてます。

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側の展望所からの眺める、峡谷の風景は・・・

雄大を通り越し、表現が困難な深い深い谷、そして無数に流れ落ちる滝。

あのパンフレットや紀行写真で観て憧れた風景が、目の前に展開していました。

時折、ガスが流れ谷を隠してしまいます。

そしてベールを祓うように峡谷が現れます。

深い谷底の村、ラウターブルンネン

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ゲーブル、山岳鉄道と乗り継ぎ到着する、断崖の上に点在する海抜1650mの

ミューレン村(赤〇。)

さらに雲の中は(緑〇)ケーブルを乗り継いで行くと、

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シルトホルン(2,970m)の回転レストランがある円形展望台があるのですが・・。

ユングフラウ三山(アイガー、メンヒ、ユングフラウ)をはじめ、ぐるり四方に広がる200峰を超えるを山を眺められるそうです。

(アイガー北壁直下ハイキング時、アイガークレッシャー駅で偶然写してた

 シルトホルン(2,970m)山頂)

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左奥は小槍を持ったようなチンゲルホルン(3562m)など、3500m前後の

山が、ぐるりと深い谷を抱くように聳え立つ山容は、まさに絶景。

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遠くに目を向けると、山合いに湖が見えてます。たぶん明日の湖上クルーズをするプリエンツ湖のようです。

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あの駅でお会いしたご夫婦と巡りあう事は、有りませんでしたが、帰りのゴンドラから、下を歩く多くのハイカーの姿が見えてました。

中に居られたかもしれませんね。

ユングフラウは左手雲の中に頭を隠したまま。

雪のシルバーホルン(3695m)

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6日目も夕方になり、今日でスイスのアルプとはお別れです。

グルントへゴンドラで降りると、目の前にシュレックホルン(4078m)

がそびえてます。槍型山頂は雲の中。

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シュレックホルン(4078m)の山頂付近へ、パラグライダーがふんわり

飛ん行きます。

どんな絶景が待ってるのかな~・・飛んでみたいわね!てカミさん。

(写真をクリックしてください、真ん中白い雲の上))

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ベッターホルン

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ホテルへの帰り道、COOPで今夜の晩餐??のお買いもの。

そうなんです、今晩は夕食もフリーなんですよ。

 ハム・ソーセージのセット、チーズ、サラダセットを買い込みホテルへ。

もちろんビールと白ワインも。

途中でお仲間のご夫婦とばったり出会いました。

レストランを紹介してもらったので、と街の散策がてら向かうところでした。

ホテル手前で見上げる雄大な山容は・・

白いピークがグローセス・フィッシャーフォルン( 4049m)

左側の三角岩のピークがクライネス・フィッシャーフォルン(3895m)

氷河はイシュメーアグレッチャー

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こうして、6日目の夜を迎えました。

バスタブに湯を満たし、至福のタイム。

窓辺にテーブルを移動して、まずはビールで、カンパーイイ!!カンパーイイ!!

窓から右手に、アイガー

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正面に、フィッシャーフォルン山魂と氷河

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左手は、シュレックホルン(4049m)の雄大な岩峰

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アイガーが姿を現しました!!目の前の岩峰は東端。

雲が流れた一瞬、右奥に頂上が姿を現します。その右下が北壁のようです。

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少し着込んで外のテラスに移動、乾杯を重ねながらただただ眺めるのみですね。

陽が傾き夕暮れの窓辺。

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アイガーの山頂が燃えだします

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フィッシャーフォルンがモルゲンロートに染まっています。

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PM9:25 ふっと、火が吹き消されたように、モルゲンロートは終わりました。

アルプス最後の夜がようやくやってきたようです。

巨艦、アイガー

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 再び部屋に戻り、暮れゆく4000m級の山々のシルエットを眺めながら

いつまでも乾杯!が続きました。

 

明日へ